オモロイ、しか勝たん。【笑える革命】

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社会課題に興味はありますか。

興味がありますかと言われましても・・。

という感じだが、

たとえば、三度の飯より社会問題を考えるのが好き!という、
知り合いの意識高すぎタカスギさんに、ある日ばったり会って、お茶をすることになったとする。

近況報告からいつの間にか、話題は社会問題へと発展し、会話はこんな感じに。

タカスギさん
タカスギさん

世の中にはこんな問題があるんだよ!知ってた⁉

そうなんだー・・。知らなかった。

だからそれを解決するためには、こうしなければだめだと思わない⁉

そう・・だね。たしかに。

みんながもっとこのことに意識を向けないとだめだと思うんだよね!

だよね・・・

他人事として考えている人が多すぎると思う!

うん・・

ほかにも、こんな問題もこんな問題もあるんだよ。

・・・・・・

それであなたはどうしたらいいと思う?

・・・・

ねえ、聞いてる?もしもーし。

タダイマ、ルスニシテオリマス。ゴヨウケンノアルカタハ、ピーットイウハッシンオンノアトニ・・・)


もし、また別の日に、道の先にタカスギさんの姿が見えたら、皆さんはどうするだろうか。

わたしなら、迷わず道を変えまする。

社会課題に興味がないわけじゃないし、
それを解決するために自分にも何かできるのならせひしたい・・!と思うほどの善良さは持っている(つもり)。

でも、タカスギさんみたいなアプローチをされたら、正直ちょっと引いてしまう・・。そんな凡人である。

でも実際には、そういう凡人の「普通の人たち」を巻き込んでいかなければ、逆に社会課題なんて解決していくことなんてできやしない。

だからと言って、声高に叫んだり危機をあおっても、人の心は遠ざかるばかり・・。

タカスギさん
タカスギさん

じゃあ、わたしはどうしたら・・。

安心してください。そんなタカスギさんにお勧めの本、ありました。

【小国士朗著「笑える革命 笑えない「社会課題」の見え方が、ぐるりと変わるプロジェクト全解説」光文社】

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NHKでディレクターとして「プロフェッショナル」などのドキュメント制作に携わっていた著者は、
そのドキュメントを制作する中で、あることを痛感する。

たとえ、どんなに優れたコンテンツであっても、人々に届かなければ意味がない・・

ちなみに私はNHKのドキュメント・・・。大好きです。

ひとたび見始めると「途中でチャンネルを変えることができなくなるいう魔法」がかかる、あの不思議。

費用対効果のある作品ばかりでなく、こういうじっくりと取り組む番組をつくる状況は、ぜひ死守していただきたい・・!と常々思っている。

しかし、「じゃあ、そんなに好きなら、しょっちゅう観ているんですね・・!」と言われれば、

・・・申し訳ありません。
たまたまザッピングしていてぶち当たった時くらいしか観ていません・・。

だって、ドキュメントをみるのって・・特に重い話題の時って・・、

・・・体力がいるんだもの・・。

深刻な社会問題を扱ったドキュメントを見るには必須の三点セットがある。

気力
体力 
精神状態の安定
である。

下手にメンタルが弱火のときにみてしまうと、

①なにか自分にもできることはないかと考える。
②自分にできることなど思い浮かばない。
③気持ちが重くなる。
④ていうかもしかして、自分て社会問題を考える側じゃなくて、社会問題として考えられる側なんじゃないか、とおびえだす。
⑤なんだか、生まれてすいません。そういえば恥の多い人生でした・・という太宰治に落ちる。

みたいなことになってしまって、危険なのである。

なので、このストレスの多いご時世においては、どうしても日々の生活は、

テレビで「プレバト!」を観てYouTubeで「太田上田」観てテレビでチコちゃんを観てYouTubeでしくじり先生を見てテレビでミラクル9をみてYouTubeで公式コナンを見てラジオの日曜天国を聞いてたまに銀魂を見てあれなんとキャッツアイやってるじゃん!チョー懐かしいんだけどいや第二期のオープニングこれちょっとPTA案件じゃね?・・・

みたいな感じで、つい自分の気持ちが落ちないように、バラエティ無限ループの遠心力に頼ってしまうのだ。
(そうか・・・こんなにバラエティ番組が多いってことは、それほど現実逃避したい人が多いってことなのか・・。)

そんな遠心力に身を任せて日々をやり過ごしている、意識高すぎない凡人なのである。

ではそんな凡人にも、真面目で重く、それを考え続けるには負担が大きい「社会課題」に興味を持ってもらうには、どうすればよいのか。

あるとき、著者、小国氏は気がづいた。

北風ではなく、太陽のアプローチだ!

〝注文を間違える料理店〟まちがえたって、いいじゃない!

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暗く重い社会課題を、明るく軽く考える。

恐怖や不安をおあることでおしりをたたく北風ではなく
明るい気持ちになれる太陽アプローチ。

この本では、そんな、当事者も当事者でない人たちも、

いっしょに笑いあえる

プロジェクトが紹介されていく。

まず最初に、認知症という課題。

恥ずかしながら、僕の認知症へのイメージは、「記憶障害」「徘徊」「暴言」「妄想」というもので、基本的にはネガティブな印象しかもっていませんでした。そして、認知症になったら、施設でぼんやりと過ごすしかないのかな・・・・・くらいに考えていたのです。

「笑える革命」P114

しかし、プロフェッショナルの撮影で訪れたグループホームで、そのイメージは覆される。

認知症であっても、自分のことを自分でしながら普通の生活をしている人々。
その明るさに衝撃を受ける著者。

そして、ある経験をする。

ロケの合間に、入居者のおじいさん、おばあさんが作るお昼をご馳走になることがよくあったのですが、その日のお昼ごはんには強烈な「違和感」がありました。
 僕が事前に聞いていた献立は、ハンバーグ。でも、目の前に出てきたのは餃子です。いやちょっと待って。ひき肉しか合っていませんけど・・・。

「これ、間違いですよね」

 そう言おうと思った時に、ハッとして、僕はその言葉を飲み込みました。
(中略)
「こうしなくちゃいけない」「こうあるべき」。そういった考え方が、どれだけ介護の現場を窮屈で息苦しいものにしてきたか、そのことを和田さんからはさんざん聞いていたし、そんな介護の現場を変えようと日々格闘を続けてきた和田さんを取材している僕が、なぜハンバーグと餃子の違いくらいにこだわっているんだと、めちゃくちゃ恥ずかしくなりました。
(中略)

 そして、その時気づいたんです。
 間違いって、その場にいる人がうけいれてしまえば、間違いじゃなくなるんだ。

「笑える革命」P115

この時の経験から生まれたのが、認知症の人たちがスタッフとして働く「注文を間違える料理店」である。

スタッフは認知症の人たちであるため、注文したものを間違えることもある。
でも、そんな間違いをお客さんも一緒に笑って受け入れてしまう、そんなレストラン。

この企画は、医療や福祉に携わっている人のみならず、普段の生活の中で認知症への興味などあまりなかった多くの人たちの心をも引き付けた。日本ににとどまらす世界からも注目を浴びるほど。

それはなぜなのか。

「注文をまちがえる料理店」のコンセプトは、「まちがえちゃったけど、まあ、いいか」。たとえ間違いが起きたとしても、その間違いを受け入れて、むしろ一緒に楽しんじゃおうというもの。みんな間違いを笑顔で受けとめ合えるような、やさしい空間を作りたかったんですよね。これって、認知症の状態である人であろうとなかろうと、誰にとっても「いいなあ」と思える世界じゃないかと思ったんです。
(中略)
 実際に「注文をまちがえる料理店」では、大阪から夜行バスに飛び乗って翌朝6時からレストランの前で開店待ちをしていたお客さんもいました。理由は「間違いや失敗を許さない会社の雰囲気に辟易としていたから」。

「笑える革命」P110~111

会社で、日常の生活の中で、間違いを許しあえない空気に疲れ切っていた人々の心に、このコンセプトは刺さった。

自分が知らず知らずにうちに縛られていた「正しくなければいけない」の鎖が、このレストランで一緒に笑いあうことでほどけていく。

嗤うんじゃなくて、笑いあうこと。

そんなかんじで、著者がいろんなことを実感として感じた気づきから、
様々な奇想天外なプロジェクトが生まれていく。

LGBTQの人々と、とりあえずひとっぷろ浴びながら語ろう、の<レインボープロジェクト>

中学生から「くたばれ、死にぞこない」と言われた被爆者のお爺さんを、ブイチューバ―にしちゃう<8.15無念じいといっしょ。>

C.CレモンのCを消しちゃえ!がんをなおすプロジェクト<deleatC>

CCレモンからCを消したら、ただのレモンやん⁉

なにそれ、と興味を持った方はぜひ本書で。

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しかし、とびぬけた企画を行う時には、もちろんそれに対する批判もやってくる。

原爆被害者の年長者をブイチューバ―にするなんて・・

当事者が苦しんでいる〝がん〟なんて深刻な病気を、そんな風に「笑える」ようにするなんて、不謹慎じゃないか・・!

もちろん、そういう意見に対しても小国さんはきちんと自分の考えをこの本の中で述べている。

そして、読み終えた私の感想としては、

少しも不謹慎とは感じなかった。

である。

誰かを「嗤う」んじゃない。

誰かと一緒に「笑いあえる」ための、そんなプロジェクトだと思った。

そして、この本は

なにか、面白い仲間と、面白い仕事がしたい・・!

と思う人のためのビジネス本でもあるかもしれない。

どんな企画をたてるのか、
なぜ今それをするのか。
仲間集めはどうするのか。
人に知ってもらうにはどうしたらよいのか。

企画を実行する上でのノウハウは、社会課題に限らずいろんなシーンで役に立ちそう。

そして、とにかく文章が面白い。
どうやったら届くのかを考え続けた人だからなのか、読んだ人が楽しめるように、ユーモアを交えてボケたり突っ込んだりしながら、ときどきスベリながら、情熱的に語られていく。

「まず、大学生から僕の20年ほどの話をします。」

序章にて始まったこのひとことを読んだときには、

いやいやいやいや・・。知らんおじさんの人生の話をされても・・

と一瞬ひるんだのだが(失礼)、これがおもしろかったw。

著者のストーリーは、大学在学中に起業したパートナーに金を持ち逃げされ、1200万円の借金を抱えるところから始まる。いや、そこから始まるの?w

NHKの面接官たちもその話に興味津々。なぜか面接は借金回収のリアルタイムでの状況報告となっていく。

2次面接でも、聞かれるのはお金を持ち逃げされた話ばかり。「ついに足取りがつかめました」とほとんど進捗報告のような話をしたら、「で?で?どうなったの?」とやっぱり食いつく面接官。「続きは、次の面接でいいですか」と言うと、「うおー、まじかー!」。人の不幸を聞いてうれしそうに天を仰ぐ面接官。

「笑える革命」P39~40

なんか、楽しそうです。NHKw。

小さな笑える革命を、世界中で起こしたら・・

むかし、大学の福祉の講義を受けたときの最初の授業で、
「なぜ福祉の講義を受けようと思ったのかを含めて、自己紹介をしてください」ということになった。

当然「人の役に立ちたいから」「困っている人の役に立ちたいから」と、次々と立派な理由が並べられていく。
私自身も、そんな感じの何かしらのきれいごとを言ってお茶を濁したように思う。

しかし、エンドレスに「きれいな理由」が並べられていく中、次第に退屈になってうつらうつらとするわたし。

そんな中、ある女性が

わたしは、「福祉」というものが嫌いなんです。
だから、なぜ嫌いなのかを知りたくてこの講義を受けようと思いました。

といったのだ。

その瞬間、私の目はシャキーン!。
な。。なんて面白いことをいうのだ・・!

福祉の専門家に向かってのタイマン右ストレート!(?)
さあ、どう出る専門家⁉

とワクワクしながら耳をそばだてた。
しかし先生はキツネにつままれたように驚いた顔をされたまま、

・・・・そ、、そうですか、
まあ福祉を志す人は、みんな心の優しい方ばかりだと思いますので、頑張りましょう。

と、スルーして終わってしまったのだった・・・。

・・・がっかり・・・。

「福祉」というイメージが何か好きになれない。
そういう人たちをも巻き込んでいかなければ、福祉は成り立たない。
福祉は結局、すべての人間にかかわってくることなのだから。

もし、わたしがその時に、
「そのことについてもっと意見を交わしたいです!」
と言える勇気があったなら。

確かに面白い意見。
なぜ福祉が嫌いと感じてしまう人がいるのか。それをみんなで意見を出し合ってみよう。
福祉を志す者にとってとても意義ある意見交換となるはず。

もしかしたら、そんな風に思う人たちとの有意義な議論につながったかもしれない。
そして、そこからなにか〝革命〟が起こったかもしれない。

この本を読んで、自分にもできる「笑える革命」はないだろうか。
それを一緒にする仲間がいたら楽しいだろうな。そんなことを考えた。

一つ一つは小さくても、日本中の、世界中のあちこちで「笑える革命」がおこったとしたら・・

きっと世界は変わっていく。

そんなワクワクする夢が広がっていくこの本。ぜひ一読してほしい。

タカスギさん
タカスギさん

わかりました!楽しく革命ですね!

・・・えっと・・。タカスギさん?

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